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2024年05月03日
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夜と嘘つき サンプル

2004年01月08日
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 体がだるい。
 また土蔵で、かと思ったがそれは杞憂で今日はちゃんと布団の上で目が覚めた。
 三月も半ばを過ぎたというのに染みるほど冷たい朝の空気に身を縮こまらせて暖かな綿布団に包まった。えーと、昨日はどうしたっけ。布団に入った記憶がまるで無い。
 昨夜は珍しく藤ねえがいい食材を持ってきたからっていうので久しぶりに腕によりをかけて料理を作って、その流れで、ああそうだ。飲み会になったのだ。
 教師のくせに「たまにはいいじゃないの」とのたまう藤ねえに無理やり付き合わされて始まった酒宴の最後。どうなったんだっけ?
 桜はちゃんと自分のペースを理解していて途中でウーロン茶に切り替えていて、遠坂はけっこういける口でぐいぐい飲んでいた。驚いたのはセイバーだ。「私の居た場所では水よりも安全な飲み物でしたから」といって、言葉のとおりまるで水と同じようにワイングラスを空にしていった。
 とにかくみんなよく飲んでよく食べた。そして当の自分といえば、飲みなれていないせいか途中でおそらく脱落してしまったのだろう。藤ねえを藤村組の若い衆に渡してからの記憶がまったく無い。自力で布団に入ったのか、誰かが世話をしてくれたのかは定かではないが……。
 とにかくいつまでも布団の中でうだうだしててもしょうがない。暖かな布団にずっと包まっていたいのは山々だけどだらしないのはよろしくない。えいやと気合を入れて這い出した。
 高い位置にある太陽に目を眇めた。いつもの時間よりはだいぶ遅い。
 それなのにしんと静かなのはおそらく昨夜の酒宴の影響だろう。誰も来ていないのかも。そうなると……。
「おはよう」
 その背に声をかける。
 いつだって誰よりも早く起きておさんどんしている奴は今日も今日とて台所を占拠していた。
「……?」
 しかし常ならばおはようと言った後、重箱の隅をつつくように小言を忘れないはずのアーチャーは返事もせずにただ振り向いただけでじっとこちらを凝視している。
「アーチャー?」
 どうかしたんだろうか。
 何か信じられないものを見ているような顔。きょろきょろと周りを見ても、予想通り俺しかいないし、俺であるならばそれこそうんざりするほど見続けた顔だろうに、いったいどうしたんだろうか。
 居間に来る前に洗面所で顔を洗って、ちゃんとおかしなところが無いように確認済みだ。でなければ寝癖だどうだのよだれのあとがどうだの枕のしわのあとがどうだのそれは楽しそうにつつかれる。
「なんか変か?」
 ちょっと頭がいたいのは二日酔いのせいで、それも別にじくじく痛むだけで気にならない程度だし。
「なんでもない。おはよう」
「うん」
 ながい沈黙の後に返される挨拶の声はいつもより硬い気がして、いったいどうしたんだろうと首をかしげる。様子がおかしいな。しかしすぐに背を向けて調理を再開しだしたので聞くに聞けず、代わりに食器棚から自分と弓兵のお茶碗を取り出した。
「魚の皿はどれを出すんだ」
「あ、……そうだな、白の四角のやつを頼む」
 主菜副菜、トータルのバランスを考えて食器をえらびテーブルに並べていく。といっても指示するのはいつも弓兵なのだけれども。
 今朝は二人だけだという理由から少なめ、かと思ったら山盛りの筑前煮が出てきた。
「火を通しておけば日持ちするからいいんだけどさ」
 それにしたって多い。セイバーがいればトントンであろう煮物は二人だけの食卓にはすこし多すぎる。鉢も小ぶりのものにして、残りは鍋にいれたままにすればよかっただろうか。
 お茶碗にいつもより少なめによそって、弓兵のぶんはいつものとおり。そういえばこいつ昨日の飲み会のときどこにいたんだっけ。俺が飲んでいたのだから代わりにつまみやらなにやらで台所に詰めっぱなしだったのだろうか。
 正面に座った弓兵に茶碗を差し出すと無言のままうなずいてそれを受け取った。
 テレビをつけたままご飯、という習慣のない衛宮家。もちろん俺と弓兵では会話が弾むわけも無いのでいただきますの後は静かな食事が始まった。
「あれ?」
 塩焼きのさばは塩が濃い。たたきごぼうは少し硬い。筑前煮にいたっては甘みが足りていない。
 家事スキルA+の弓兵がどうしたことだろう。それは自分でもわかっているらしく弓兵の箸もとまっていた。
「すまない、今日は失敗したようだ」
「……あ、ああ。かまわないんだけれどさ」
 食べれないことは無い。むしろ一般家庭であればいっそ普通なくらいで、ただこの男が料理を失敗するなんて思ってもみなかったから。
「残してもかまわん」
「食べるよ。ちょっと塩辛いだけだし」
 ご飯と一緒なら平気だし、ごぼうも生で食えないことも無いし。筑前煮だって。
「………………」
 しかし男は苦虫を噛み潰したような顔のままで、食事が終わるまでそれは変わらなかった。

 日曜日の朝、掃除洗濯をやりきるととたんに何もすることが無くなる。いつもであればセイバーに稽古をつけてもらったり遠坂から魔術の授業を受けたりするが今日はお休みだ。
自習でも、と思わなくも無いがいかんせん昨日の影響もあってやる気が出ない。頭痛はだいぶましになったけれど、ごろりと居間の畳の上、横になったままぱちぱちとテレビチャンネルをザッピング。日曜の昼間って漫才かゴルフかそれくらいしかやっていないんだもんな。どちらもまったく興味がないせいで見るものがない。ぷつんと電源を落として目を閉じる。なにしよう。
 頼めばアーチャーだって稽古に付き合ってくれるかもしれないけれど。
(丸くなったよなあ……)
 思い出すのはむき出しの殺意だ。出会った当初から隠しもせず敵意を超えて殺意を向けてきた。はじめはいずれ倒すべき敵マスターだからだと思っていた。
 一度なんて後ろからずんばらりだ。我ながらよく生きていたものだ。運がよかったのか、それとも弓兵が手を抜いたのか。そのあたりはわかりかねる。殺意はあれど結局いま俺が生きてここにいるのがすべての結果なのだろう。
 人が英霊に叶うわけがありません。
 事実いまだにセイバーには竹刀の切っ先も届かないのだからそういうことだ。
 ぼんやりと縁側の向こうを眺める。朝のうちに洗濯を済ませていたシーツがひらひらと風にたなびいていた。
「おい、邪魔だ」
 目を上げるとビニール袋にたくさんの空き瓶を詰めてぶら下げている弓兵がいた。
「ああごめん。それって昨日のやつか?」
「そうだ」
 いくつあるのだろう。焼酎日本酒洋酒にワイン。それぞれが好き好きに飲んだのでまるで統一性がない。それにあわせて次々とつまみを作っていった弓兵もそうとうだけど、こいつは昨日ぜんぜん飲んでいなかったんじゃなかろうか。
「悪い、片付け全部やらせちまったみたいで」
「……かまわん。酔っ払いにグラスを洗わせるわけにもいかんからな」
「俺、そんなに酔ってた?」
「正気を失うほどには」
 ぜんぜん記憶がない。朝まですっぽり抜け落ちている。
「お、おれ、なんかやらかした?」
 青くなる俺、弓兵はそれを笑うでもなくこちらをじっと見ている。
 ひい! なんで沈黙するんだよう。なんかしたなら教えてほしい。今ここで聞いておくのと後々あかいあくまにつつかれて真実を知るのとではダメージが違うのだ。おもに心構えと諦めだ。
「言うほどのことはなかった。――暇ならこれを片付けておけ」
 しかし弓兵は答えず手にしたビニル袋を差し出すとそのままくるりと背を向けて部屋の奥へ消えていった。
 ……なんだ?



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