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2024年05月17日
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あいのおくすり(サンプル)

2003年02月18日
頭の悪いナース服ネタです


*






 すっかり遅くなってしまった。
 煌々と街灯が照らす夜道を、コンビニのビニル袋をぶら下げながら急ぐ。がさがさと音を立てるその中身はプリンにシュークリーム、エクレア等々。残念ながらわが主はそんなもので懐柔できるほど甘いものが好きではないが、かといって手ぶらで帰るのもためらわれる。よってこのラインナップということだ。洋菓子より和菓子のほうが好みであるとわかっているが、こんな時間に和菓子司があいているはずもなく、しかし最近のコンビニの洋菓子は馬鹿にできないものがある。少しでも勘気をといてくれるといいのだけれど。
 今日は土曜日で、本来ならば休日であったはずなのに。――現在、アーチャーは勤め人だ。いつまでも家にこもってぶらぶらしていても腐るだけ、せめて己の食い扶持だけは稼ごうととある会社に勤めている。身分証明書のない弓兵がどうやって職にありついたかというとずばり、衛宮士郎の後見人である藤村のおかげである。それほど高給取りではないが、もとより物欲はなくおおむね満足していた。
「仕事が入った」
 この一言に士郎は顔を曇らせた。
 午前のうちに買い物を済ませて、冷蔵庫に食料をつめていたときになった電話は勤め先からだった。回線の向こう、社長があせった声でトラブルの発生を告げた。トラブルの原因は弓兵にないものの、少しでも手が欲しいのだとここへ電話をかけてきたのだ。小さな企業ではあるが仕事とプライベートをきっちり分けているところのある社長が、それをこえての電話だ。己のような新参者に声をかけるくらいなのだからよほどのことが起こったのだろう。
「今日はみんな来るって言ってたのに」
「仕方ないだろう」
 あわててシャツを取り替えスーツを身にまとう。士郎がずっとそれを目で追い続ける。
 紹介してもらった雷画の顔もある。それがわかっているから少年は行くなの一言がいえない。言われたところで行かないという選択は取れない。
「遅くなりそうだ」
 と言ったアーチャーに士郎はさらに暗い顔をした。
 今日はみんなが集まってご飯を食べるのに。
 一緒にご飯を作ろうとたくさん食材を買ってきた。これからお昼を食べた後一緒に作ろうといっていた。「みんな残念がる」という言葉。みなはもとより士郎自身が楽しみにしていたのだ。
「すまない、なるべく早く帰るようにするから」
 くしゃりと頭をなでてやるが、無言のまま士郎はキッチンへ戻っていった。早く帰るからと言ったところでアーチャーがほかの人を差し置いて先に帰るはずがないとわかっているからだった。
 そうしてやっと家にたどり着いたのは夜の十一時にもさしかかろうというころだった。途中でとった食事は小さなサンドイッチと牛乳のみだ。英霊は食事を取らなくてかまわないとはいえ、万年魔力不足に悩まされているアーチャーにとって食物より供給される魔力も馬鹿にできない。
 ぐう、と鳴りはしないけれどしくしくと空腹を訴えかける腹をかかえて玄関を開ける。何か残っているだろうか、なくても適当にありあわせでも考えて、
――おや? と気づく。
 普段なら気配を察知して迎えに出てくるはずの士郎の姿がない。
 まだ拗ねているのか、それとも眠ってしまったのだろうか。
 最近は食事の際に酒が供される機会も少なくなかった。目くじらを立てることはないが、あまり過ぎたる飲酒はまだ成長の途中にある心身にはよろしくない。監督する立場であるはずの藤村大河は一番先につぶれることが多く、ランサー、ライダーにいたってはそもそも未成年の飲酒を禁止するこの国の法律すら理解できない。よって普段、つい羽目をはずしがちな若いものたちを制するのはアーチャーの役目だった。
 今日はそのアーチャーがいなかったのだから、加えて出かける間際に見せたあの顔。つい酒が過ぎていないといいのだが。
 居間をのぞけば灯りは小さく落としてあった。皆はもう帰ったのだろう、机の上には格好だけまとめてある空き瓶や空き缶、流しには使用済みの皿が積んであった。
 やれやれ、と肩をすくめる。どうやら士郎はそうそう潰れてしまったようだ。でもなければあの家事オタクの士郎が汚れ物をこんな風に放置しているはずがない。
 スーツの上着を脱いでカッターシャツの袖をまくる。とりあえずごみ袋に空き缶などを分別してまとめ、口を縛って裏口の近くに置く。次の火曜日はおりよく資源ごみの日だった。そして今度は流しに取り掛かろうとしたとき、がたん、と音がして振り向いた。
「アーチャー」
 縁側の廊下に続く引き戸が開いていた。そこから覗く人影、もちろん一人しか要るまい。
「士郎、起きていたの――、」
 絶句した。
「き、貴様何という格好をしている!」
 深夜だというのに思わず叫んでしまった。しかしご近所に迷惑がかかる、とは髪の毛一筋も思いつかない。目の前の光景に口をパクパクさせている。
「貴様じゃなぁーい! 俺は今日は、」
 ぐいっと力任せに振り回される。普段であればびくともしないはずなのに今は目の前の光景を処理するのに追われて脳みそは働かず、されるがままにしりもちをついた。
 のっし。
 馬乗りになってくる、こいつはいったい誰だ。
「看護婦さんだ」
 めまいがした。
 豆電球一個の薄暗い居間。えへんとえらそうに胸を張る少年は間違いなくエミヤシロウである。しかし、
 なにがあった。
 今日の食事会、いや飲み会か。己のいない間に何があってこうなった。
 夜であるにもかかわらず、まぶしい、少年は――どこで何があったか「ピンク色のナース服」を着ていた。



*



表紙はこんなのでした
何気に士郎さん初描き(そしてナースとか業が深い

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